コンテンポラリー・ピアノ・エチュード

日時:2023年6月12日 18時開場 18時30分開演

場所:東京芸術大学、千住キャンパス、第7ホール

   〒120-0034 東京都足立区千住1丁目25−1

入場料:無料

プログラム

1. “Solar Wind” ― ピアノとライブエレクトロニクスのために/Leonid Zvolinsky(2022)

   ピアノ:Hyun-Mook Lim

2. “À petits pas” -ピアノとライブエレクトロニクス/ニコラ・ブロシェック(2016/rev.2023)

   ピアノ:Hyun-Mook Lim

3. “下沈の鯨”-ピアノとライブエレクトロニクス/顧 昊倫 (2021)

ピアノ:Hyun-Mook Lim

4. “即興のエクササイズ”第2番および6番 -ピアノとライブエレクトロニクスバージョン/リューク・フェラーリ(1977)

   ピアノ:Hyun-Mook Lim

   (時間の都合により第2番のみ演奏する場合がございますのでご了承ください。)

休憩

5. “Collidepiano” -ピアノとライブエレクトロニクス/後藤英(2023)

   ピアノ:井口みな美

6. 南のエチュード、“Cape Horn”/イヴァン・フェデーレ (2002-2003)

   ピアノ:井口みな美

7. ピアノエチュード第3巻第18曲“Canon’’/ジェルジュ・リゲティ(2001)

   ピアノ:井口みな美

コンサートの解説

”コンテンポラリー・ピアノ・エチュード”

 エチュードは、主に演奏者の技術的能力を向上させることを目的として、楽器のために書かれた短い曲を指すために使用される用語である。 楽器や曲の演奏技術を習得するための曲で、単純な曲を機械的に繰り返すことで基礎的な演奏能力の向上を目指す。

 ピアノ・エチュードに関してはクレメンティに端を発する練習曲のことをいい、これはピアノ技術の発展に大きな役割を果たした。 ショパンの画期的なピアノ作品以来、作曲家はこのエチュード形式の作曲に芸術的価値を与えるようになった。 したがって、これらの短い作品を構成する技法に関しても音楽的な関心が集め始められたのである。 つまりショパンのおかげで、エチュードは単なる技術的なものから芸術的な品質の演奏会用作品へと昇格することになった。 リスト、スクリャービン、ドビュッシーなどの作曲家は、作曲言語に関しては異なるが、基本的にはショパンのエチュードの形式に従った。 これらは、ピアノにとってさまざまな課題を提示する演奏会用作品であった。 20世紀より、エチュードへの作曲アプローチは、「エチュード」という用語が作曲の研究と見なされるようになった。 20世紀のエチュードは確かにピアニストに技術的な課題も提示するが、19世紀のエチュードとは非常に異なる種類である。1908年に書かれたストラヴィンスキーのエチュード op.7 はポリリズムを探求し、バルトークはミクロコスモスで半音階と不規則な拍子に焦点を当てた。

 また、語源であるフランス語の Étude には、「学習」、「研究」の意味がある。 音楽以外の分野でもよく使われ、美術の分野では、絵画や彫刻の下絵として使用され、演劇においては即興で考えながら上演する演劇という意味もある。

 さて、20 世紀に書かれたエチュードについてであるが、伝統的なエチュードに関連するものと、型破りな技法を提示するものがある。

 メシアンの《Quatre études de rythme》(《リズムに関する 4 つの習作》、1949-50 年)は、教則的な構成ではなく、長さ、音階、強弱、形、色、音程をテーマとしている。 実験音楽の例においては、 ジョン・ケージの《ピアノのためのエチュード・オーストラル》 (1974–75)、《チェロおよび/またはピアノのためのエチュード・ボレアル》 (1978)、《ヴァイオリンのためのフリーマン・エチュード》 (1977–801989–90) が挙げられる。これは星座に基づくグラフィックノーテーションによる不確性の音楽である。 リゲティ (1985, 1988–94, 1995) によるエチュードでは、それぞれが特定の技法に集中して作曲された。

 この「ピアノエチュード」が今回のコンサートのテーマである。 これは現代的な意味を示しており、作曲技法を探求する現代的なエチュードである。 実験的な作曲の試みを体系化することで、新しい作曲技法の開発にもつながるだろう。 さらに、ライブエレクトロニクス技術を使用して、ピアノの新しい拡張が試みられている。ここでのライブエレクトロニクスは、これまでの技法にとどまらず、ライブエレクトロニクスの先駆的な分野の開拓も試みられている。

演奏者略歴

井口みな美

 国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)を卒業、同大学院修士課程伴奏科を修了。

 第17回日本演奏家コンクール大学生ピアノの部第1位受賞。同時に横浜市長賞、読売新聞社賞を受賞。第1KピアノSoloコンクール第3位受賞。現代音楽演奏コンクール競楽XIV”ファイナリスト。

 これまでにピアノを遠藤陽子、宮下ゆかり、中村和枝、三木香代の各氏、作曲・作曲理論を山口博史、藤井喬梓、今村央子の各氏に師事。

 ソロ、室内楽、器楽伴奏等を中心にフリー奏者として幅広く活動している。現代音楽ピアニスト集団「ピアノのアトリエ」所属。

Hyun-Mook Lim

 Hyun-Mook Limは主に現代音楽を演奏するピアニスト・パフォーマンスアーティストである。現代音楽の演奏を始めた以来、数々の作曲家と協業しながら作品を初演・演奏し、或いは献呈されてきた。彼女は現在東京に滞在しながら韓国と日本両方を中心に活動し、最近はフィクスド/ライブエレクトロニクスとピアノのための作品を用いた演奏経験の拡張を中心に演奏活動を続けている。

曲目解説

"Solar Wind" ― ピアノとライブエレクトロニクスのために/Leonid Zvolinsky(2022)

 「Solar Wind」は、太陽から吹き出す高温でイオン化したプラズマの粒子で、太陽系の惑星の間に存在する《太陽風》のことである。太陽風は宇宙の天気を変えたり、オーロラを作ったりなど様々な現象を生み出す。この作品では、惑星と太陽までの距離をピアノパートのリズムと音高にそれぞれ反映させている。ピアノの音は、惑星ごとに異なる旋法のような構造を持ったセリーの断片と音域が使用され、一方で準惑星は、セリーを持たないリズム部として区別される。惑星によって音同士の間隔が異なるため、太陽系の惑星の密度のメタファーが音楽で表現される。ライブエレクトロニクスのパートでは、リアルタイムでピアノの音のサンプリング、フィルタリング、スペクトル処理を行う。

Leonid Zvolinsky

 モスクワ音楽院作曲家首席卒業、リトフンチンテレビ・ラジオ大学音響映像芸術サウンドプロデュース科修了。 現在東京藝術大学大学院音楽研究科(音楽音響創造)後藤英研究室の修士2年。

 MaxArduinoなどの様々なアルゴリズムやシステムを取り入れた現代音楽やサウンド・アートに取り組んでおり、人の聴覚特性や音の錯覚効果と芸術への応用に関する研究を行なっている

“À petits pas“ -ピアノとライブエレクトロニクス/ニコラ・ブロシェック(2016)

 “À petits pas“は、ピアノとエレクトロニクスのダイナミックな可変性を組み合わせた教育的なライブエレクトロニクス作品である。全6分の作品は、若い演奏家にクラスター奏法を習得してもらうことを目的としている。2016 年に初演されたが、今回の演奏会のために加筆修正した。

 この作品では、ピアノを中心として音楽構築要素としてのクラスターを探求し、実践する。一方、エレクトロニクスのパートはリアルタイムでピアノ演奏に応答し、拡張する没入型の伴奏として機能する。

 4つのスピーカーによって4 チャンネルサウンドシステムを使用し、電子音は慎重に分配され、聴衆を豊かな音響環境に包み込み、作品の体験をさらに高める。リアルタイムの音響処理技術を使用し、ピアノとエレクトロニクスのパート間で動的な相互作用が生み出される。

ニコラ・ブロシェック

 ニコラ・ブロシェックはフランスの作曲家、ソフトウェア開発者。現在、東京藝術⼤学⾳楽⾳響創造科に博⼠学⽣として在籍中。作品はフィルハーモニー・ドゥ・パリ(FR)を始めスペイン、オーストリアなどヨーロッパ各地で演奏されている。 画像から着想を得ることが多く、ノイズと和声を組み合わせる作品作りを⽬指している。現在の研究テーマは機械学習に基づくミクスト⾳楽における奏法判別と動的な⾳響変調について。楽譜出版社Notes en Bulles にて⾃作品が出版される。

「下沈の鯨」-ピアノとライブエレクトロニクス/顧 昊倫

 「想像」というのは未知の感覚世界を探索する原始的衝動であり、抽象的特徴の持つ音楽はさらにその中の最も原始的な存在だと思われる。しかし、固有観念において、音楽は普通に時間的構造に依存し、その存在によって、視聴者は導かれ、作品を理解させていく。想像は違う。考えられたもの、聞かれたもの、見られたものまでにより、時間に頼らず、人間は心で仮想風景を描いたり、膨大な物語を築いたりする。本作品はこの発想をもとに、仮想劇場といった概念と融合し、音色の差異、及び舞台表現によって風景の変化を表す。このような「無進行感」に近い体験はまるで鯨が深海に沈んでゆき、緩やかに流れている風景に身を任せ、海流、魚の群れ、星河、チラチラする光と影と流れる音が巨大な体と共鳴しつつ、残響を生じ、漂っていく。

顧 昊倫

 中国・蘇州市生まれ。2017年、上海音楽学院音楽設計と制作科を主席で卒業、2020年東京藝術大学音楽音響創造修士課程修了。現在、同大学院博士課程在籍。文部科学省奨学金(SGU枠)奨学生、ロッテ財団奨学生。

 2021年第3回上海国際電子音楽コンクール(IEMC)電子音楽作曲部門第1位。これまでに、作曲家として日本国立科学博物館電子楽器100年展、未来・伝統ニューメディアマスタークラス(上海)に招待され、作品は、上海国際電子音楽週間(EMW)、ニューヨーク電子音響音楽祭(NYCEMF)、国際コンピュータ音楽会議(サンティアゴ)、アンサンブル・アッカ20周年記念コンサート等に入賞、入選、世界各地で演奏されている。第7回両国アートフェスティバル委嘱作曲家。

 これまでに作曲を秦毅、尹明五、陳強斌、Eric Arnal、西岡龍彦、後藤英の各氏に師事。

「即興のエクササイズ」/リューク・フェラーリ -ピアノとライブエレクトロニクスバージョン(1977)

 この「即興練習曲集」は独奏でも演奏できるが、最大8人までのアンサンブルとしても演奏可能である。この作品を演奏することにとって大事なのは、既存の通念から脱皮し、なお演奏者が互いの演奏を聴き、互いのアクションに反応し、その場でなるべく自由に一つの音楽を作ることである。電子音楽が紡ぎだす持続音を媒介として、演奏者は互いに様々な手段・言語をもって対話を行う。それは日常と非日常、言語と非言語、あるいは現実と虚構の境界を横断しながら、日常生活では観察できない、この音楽があってこそできる新しい次元でのコミュニケーションである。今回では独奏として演奏されるが、一人の演奏者とスピーカーより聞こえる電子音響との対話(あるいは独白)の場面は、2人以上の人間の演奏者の間で行われる対話とは全く違う一面として表されるだろう。今回は時間の都合により第2番と第6番、または第2番のみ演奏する。

リュック・フェラーリ

 リュック・フェラーリ (1929 2 5 – 2005 8 22 ) は、イタリアの伝統を持つフランスの作曲家であり、ミュージック コンクレートと電子音響音楽のパイオニアである。 彼は RTF Groupe de Recherches Musicales (GRMC) の創設メンバーであり、ピエール シェフェールやピエール アンリなどの作曲家と協力した。

“Collidepiano” -ピアノとライブエレクトロニクス/後藤英 (2023)

 セクション1. 微分音イントロダクション (1:05)

 セクション2. 微分音2 – エチュード (3:08)

 セクション3. 微分音3 – グリッサンド (1:56)

 セクション4. グリッサンド2 – エチュード (2:00)

 セクション5. 細胞分裂のアルゴリズムエチュード (2:03)

 セクション6. 上行型のモーフィングエチュード (3:00)

 セクション7. 速い同音反復エチュード (1:34)

 この作品は、リゲティのピアノのための練習曲Études pour piano)》の影響により作られた作品である。

 タイトルのCollidepianoとは、「Collide(衝突する)」と「ピアノ」が組み合わさった造語で、文字通り人間が奏するピアノとコンピューターがぶつかり合うストラテジーが考えられている。

 この作品では、MaxBachライブラリーによるアルゴリズミックコンポジションを用いて構成された。

 この作品は組曲になっており、それぞれのセクションが一つの明確なアイデアに基づき作られている。それぞれのセクションの概要は以下の通りである。

 セクション1. 微分音イントロダクション (1:05)

 曲と言うよりか、むしろ微分音を聞き分けることが容易になるように耳を慣らすための序奏部である。

 セクション2. 微分音2 – エチュード (3:08)

 微分音を用いた作品はここから始まる。8分の1音の微分音と4分の1の微分音、および通常の音の3声部が重ねられているエチュード。

 セクション3. 微分音3 – グリッサンド (1:56)

 微分音を用いてグリッサンドを追求している。シェパードトーンのような効果を目指している。

 セクション4. グリッサンド2 – エチュード (2:00)

 微分音を用いずにグリッサンドを試みた作品。セクション3の第2バージョンと考えられている。

 セクション5. 細胞分裂のアルゴリズムエチュード (2:03)

 タイトル通り、細胞分裂のアルゴリズムを用いて作られた作品。作曲したと言うよりはアルゴリズムが作曲した作品と言っても過言ではない。

 セクション6. 上行型のモーフィングエチュード (3:00)

 あるパターンからもう一つのパターンまで、曲全体を通して徐々に変化していく作品。

 セクション7. 速い同音反復エチュード (1:34)

 限界を超えたピアノの速弾きにより、狂乱した感じを表している

後藤 英

 作曲家、ニューメディア・アーティスト。国際的に評価されており世界活地で活躍。刺激的な作品で新たなテクノロジーと関連させて発表している。フランス、パリにあるポンピドゥー・センターのIRCAMの招待作曲家、研究員、ボルドー芸術大学の准教授を経て、現在は東京芸術大学の准教授。

 主な賞歴は、ボストン・シンフォニー・オーケストラ・フェローシップ、タングルウッド音楽祭より、クーセヴィツキー賞、ワシントン州のマルゼナ国際作曲コンペティションにて第1位、ドイツにてベルリナー・コンポジション・アウフトラーゲ1994、パリのユネスコで行われた、IMC国際作曲家会議にて入選、フランス政府よりDICREAM、ドイツ、ベルリンのミュージック・シアター・ナウ・アワード2008にて受賞、フランス、バン・ニューメリック4、アンガン・デ・バン・デジタル・アート国際フェスティバルにて、「OFQJダンス・ニューテクノロジー賞」を受賞、2010年ブラジルのFileフェスティバルにてFILE PRIX LUXElectronic Sonority Honor Award 賞、2011年イタリアにてAction Sharing 2の大賞を受賞、2013KAO国際キネティック・アート・コンペティションにて第2位、同年オーストリアのアルスエレクトニカにてデジタル・ミュージック&サウンド・アートの栄誉賞を受賞などが挙げられる。作品は世界各国の音楽祭、レゾナンス/IRCAM、タングルウッド音楽祭、ICCSONAR Haus der Kultures der Welt, ISEANIME, ヴェネツィアビエンナーレなどにて演奏されている。

南のエチュード、「ケープホーン」/イヴァン・フェデーレ (2002-2003)

 《南のエチュード》 は、活気がある超絶技巧の曲である。 タイトルは、正確な場所 (III e III) 2 種類の鳥 (IV e V) を思い起こさせる。 これらは構成の比喩にすぎず、アドバイスというよりも提案である。 この場合も、半球で選択された極自体ではないにしても、極に最も近い領域である。 ここでは光が暖かい

 南のエチュード では、ハーモニックペダルの表示はない。 このラストの使用は、「ハーモニック」な文脈と各エチュードの「特徴」によってのみ示唆され、ほとんどの場合、心理的なものだけでなく、作品全体に宿る「共鳴」の概念によっても示唆される。

 南のエチュードは全5曲からなり、その名の通り、1,2,3曲目にはそれぞれ南極側に位置する地名、4,5曲目はその地域に生息する鳥の名前が付けられている。同じ時期に作曲された作品「北のエチュード」に比べ、よりテクニカルな曲が多い。今回はその中から3曲目の「ケープホーン」を演奏する。

イヴァン・フェデーレ

 イヴァン・フェデーレ(Ivan Fedele, 195356 – )はイタリアの現代音楽の作曲家。 スペクトル楽派の影響を強く受けており、第二世代と見なされることもある。 ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院とミラノ大学哲学部で学んだ。 最初はブルーノ・カニーノからピアノを、ついで作曲を学んだ。 フェデーレの父親は数学者であり彼の嗜好への訓練となり、空間化(Ali di Cantor)や粒度の統合(Richiamoでの電子音)などの彼自身の作品の側面に役立った。 アンサンブル、オーケストラやオペラ(特にIRCAMのアンサンブル・アンテンポンポラン、ラジオフランス交響楽団など)から委嘱されている。

ピアノエチュード第3巻第18曲“Canon’’/ジェルジュ・リゲティ(2001)

 ピアノエチュード集は全318曲からなり、そこには絵画や建築、数学的な要素など、作曲家自身の多くの知識が詰め込まれている。

 この第3巻第18曲“Canon’’は、両手による短いカノンが、はじめvivace で、次いでpresto impossibileで奏され、最後は静かで緩やかな和声的カノンで閉じられる。この曲はピアニストであるファビエンヌ・ウィレル(Fabienne Wyler)に献呈された。

ジェルジュ・リゲティ

 ジェルジュ・リゲティ(Ligeti György Sándor ,1923528 – 2006612日)は、ハンガリー系オーストリア人の現代音楽作曲家である。

 第二次大戦後の前衛音楽の主流であったセリエリズムの限界を超え、独自の音楽スタイルで人々を魅了した現代音楽の巨匠である。

 実験的な作品を多く残し、その音楽は映画などでも使用されたこともあり、幅広く知られている。